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初めてパチンコとパチスロを打ったときの話 ―前編―

最近またどうでもいい内容の記事が続いた。今日はちゃんとブログ書く。

予告通りおっさんの歴史カテゴリの記事を書いていきたい。


今回はパチンコ・パチスロの話。

一応、デビュー戦のことを書いたあとパチスロ北斗の拳の話に繋げていく予定だけど、
例によって長くなる可能性が高いので、もしかしたらデビューだけで終わっちゃうかも。

まあ、とりあえずのんびりと書き進めていって様子を見てみる。
いつものごとく、お暇なときの時間潰しにでもなれたら幸いです。








――2002年7月某日。


僕は会社の先輩であるウエダさん(仮名)と共に、
神奈川県大和市にあるパチンコ店「マリーン」の入口に並んでいた。

時刻は17時15分。定時である17時きっかりに仕事を終え、車で真っ直ぐマリーンへ辿り着いた。



「パーちゃん、入口が開いたらとりあえずダッシュだからな。」

(注:パートのパーね 実際はパではなくて別の文字)


「・・・は、はあ。ダッシュするんですか?」


正直、僕は乗り気ではなかった。

だが、ギャンブルの誘いに関しては、余程のことがない限り断らないと決めている僕は、
渋々ウエダさんの誘いに乗った。



きっかけは僕が競馬と麻雀が好きだとウエダさんに話したことだった。


「パーちゃんパチスロってやったことある?」


19歳になったばかりの僕はパチンコやパチスロに興味はあったものの、
絶対に手を出さないと決めていた。

機械相手の勝負なんて勝てる訳がない。
それに競馬や麻雀の方がおもしろいに決まっている。



「今日マリーンで新台入替があるから一緒に並ぼうよ」

「やったことなくても大丈夫だって。俺が教えてあげるから。」

「あの店の新台は熱いから絶対勝てるよ。」

(注:店にもよるが、この頃の新台入替は大体お祭り騒ぎだった。もちろん店側の大赤字)





――8台導入されるという新台「ネオプラネットXX」は、18時の時差オープンに合わせて開放される予定だという。



マリーンは会社から駅までの道すがらに位置していた為、何人かの帰宅途中の会社の人間に声を掛けられる。


「よー。ウエちゃん。新人と一緒にパチンコかい?」

「ったく、2人してなーにやってんだよ。今日は出るのか?俺も並んじゃおうかな。」



パチンコ屋に並ぶことなど初めてだった僕は、恥ずかしくて堪らなかった。

そんな僕をよそに、ウエダさんは、会社のおじさん達の軽口に対して軽快な返しを見せ、
ウキウキした表情で開店を心待ちにしている様子だった。



「それでは間もなくオープン致します!」



先頭から5番手、6番手に並んでいた僕達の後ろには7、8人の客がいただろうか。


「あれ、新台は8台って言ってたよな。」
「いちばん後ろのほうの人達は新台じゃなくて他の台を打つのかな・・・。」


そんな僕の疑問に対しての回答は、開店と同時に一瞬にして出されることとなる。



「それではオープン致しまーす!走らずにゆっくりお進み下さい!!!」



店のドアが開くや否や、全員が一斉に店内になだれ込んだ。
僕はそのあまりの勢いに立ちすくみ、次の瞬間、後ろから来た客に思い切り弾き飛ばされた。


「え???」


最初に並んでいた列などは、もはや関係なくなっていた。
僕はひとり完全に取り残された。


「え???え???」



仕方なく小走りで皆が向かった方向に行ってみると、ウエダさんは既に台の前の席に座っていた。
その右隣の席がひとつ空いている。


その席を指差して、ココ、ココ、ここ座れ、と言っているように見えた。
店内の爆音にかき消されてウエダさんの声は僕に届かない。


僕はその席に座ろうと思ったが、ふと見ると、台の下皿にタバコが入っていた。

これが何を意味するのかは、初めての僕にもなんとなく理解できた。



僕はジェスチャーで、ココにタバコ入ってますよと、ウエダさんに伝えた。


ウエダさんは、このタバコ俺の、とジェスチャーで返してきて、そのタバコをひょいと取り上げた。


ああ、なんだそういうことか。ウエダさんが僕の分の席まで取っておいてくれたのか。


ありがとうございます、と口パクで伝えつつ僕がその席に座ろうとした次の瞬間、
斜め後ろの方向から下皿に向かって別のタバコが投げ入れられた。


「え???え???え???」


あまりの非日常的な出来事の連続に、僕の頭は追いついていなかった。


ジュンバンはマモルベキでしょ。
セキはユズリアウモノでしょ。



今でこそすっかり慣れて、ベテランの風格を通り越し一周回って素人の振りすらできるようになった僕だが、
このときはまだパチンコ店という特殊な場において、生まれたばかりの赤子のような存在だった。



結局タバコの主と一悶着あったが、ウエダさんが店員を交えて話をつけてくれて、
僕は無事に新台に座れることとなった。



事前に用意しておいた大量の千円札のうちの1枚をポケットから取り出し、メダルに交換する。

シマにいる全員が、慣れた素早い手付きで黙々と台をブン回している中、
僕だけはひとり、ゆっくりとレバーを叩き始めた。



僕は集中していた。1ゲーム1ゲーム、7の図柄を揃えるべくしっかり狙ってボタンを押す。
しかし何度やっても揃わない。

数ゲーム回したところで、そんな僕を見かねてウエダさんが声を掛けてきた。


「パーちゃん、7なんて狙わなくてもいいから。あんまり時間ないからとにかく早く回したほうがいいよ。」



おいおい、ウエダさん、何を言っているんだ。




僕は以前、何かのテレビ番組でパチスロの特集をしていたのを観たことがあった。
そのときの記憶は強烈に残っている。

アイドルかなにか知らないが、きれいなお姉様方が、キャッキャ、ウフフとパチスロを打っている。
だが、何度やっても図柄は揃わない。
そこにパチプロと呼ばれる男がやってきて1ゲームでタン、タン、タン、と7図柄を揃えて見せたのだ。


僕はその番組を観たときに、大人になっても絶対にパチンコ屋に入ることはやめようと決意した

プロと呼ばれる存在がいて、素人はいくらやっても7を揃えることができない。
それが番組の印象だった。



しかし、こうして先輩に誘われて足を踏み入れてしまった以上は全力を尽くす。
素人だし負けるのは仕方ないとしても、やる以上はベストを尽くすのが男ってものだろう。



「そんなに早く回したって僕は7の図柄見えないですよ。それじゃ勝てる訳ないじゃないですか。」


「パーちゃん、毎回7狙っても揃うわけではないんだよ。まず揃えられる状況になるまで回すの。」



僕には言っている意味がわからなかった。
ただ、確かに周りを見てみると、7の図柄を毎回狙っている人間など僕以外にいなかった。


僕は半信半疑のままゆっくりと回し続けた。
早く回してたくさん負けるのが嫌だった為、とにかくゆっくりと回して時間を稼ぐ作戦にした。



「あ、パーちゃん、それもうたぶん入ってるよ。今なら7が揃うから狙ってみ。」


僕は言われた通りに7の図柄を狙ってみた。
が、揃わない。


「ちょっと押すタイミングが早い。もう少し下のほうに止めるイメージで。」


しかし、揃わない。


数回失敗したところで、ウエダさんが横からボタンを押してくれて、僕の目の前の画面に7の図柄が3つ並んだ。

これが僕の人生初めてのビッグボーナスだった。。






・・・結局この日、2人で閉店間際まで打って、ウエダさんは4万円、僕は2万円程勝った。

最後まで目押しはできなかったけど、初めてのパチスロで負けなかったことにホッとした。
勝てた喜びよりも、負けなかった安堵のほうが大きかった。



「パーちゃん、スロットおもしろいだろ!また行こうな!」


だが、ウエダさんには悪いが、このとき僕はおもしろいとはあまり思っていなかった。
やっぱり競馬や麻雀の方が断然おもしろい。


これが僕のパチスロデビュー戦だった・・・。








・・・はい。この後パチンコのデビュー戦のことも書いたんだけど、さすがに記事が長くなりすぎた。
大したオチがあるわけでもないし、あんまり引っ張るのとか嫌なんだけど、ちょっと前後編に分けます。

余計なこと書きすぎたみたい(笑)

後編はパチンコデビュー戦のあと、僕がパチスロにハマり始めるきっかけとなった日のことを書いて、
近いうちにアップします。すみません。期待せずにお待ちください。



↓北斗のほの字も出てこねーじゃねーか!!って方はポチっとお願いします。


 

ご挨拶と歴史のまとめ

はじめまして。パートのおっさんです。


このブログでは、ファミレスでパートタイマーとして働くおっさんが
FXで2億円稼ぐまでの日記を公開しています。


おっさんのくせにパート?
パートのくせにFX?



と、少しでも気になった方は、下におっさんの歴史についての記事をまとめたので
ぜひご覧下さい。


そこそこのボリュームがあるので、あらすじや説明を読んで頂いて、気になった記事だけでも
構いませんので、お暇なときに読んで頂けると嬉しいです。

もちろん皆様大好きな超絶メシウマ記事、しっかり用意してございます



いい歳したおっさんですが、基本的に内向的で友達少ないくせに寂しがり屋の為、
コメントを頂けると喜びます。

古い記事へのコメントも嬉しいですし、一言でも全然構いませんので、
どうかよろしくお願いします。

また、相互リンクも大歓迎です。こんなおっさんでよければ仲良くして下さい。


ではおっさんが2億円稼ぐまでの間ではございますが、今後ともお付き合いの程よろしくお願い致します。






おっさんの歴史カテゴリまとめ


おっさんの歴史(全5話)

おっさんの歴史

幼少期、特殊な家庭で育ち曲がった性格に育ったおっさんは、小学生の頃、兄の影響で競馬を覚える。
高校生になり、バイトを始めてお金を手にしたおっさんは徐々にギャンブルにハマッっていくのであった。


おっさんの歴史 PART②

高校卒業後、就職し一人暮らしを始めたおっさんはますますギャンブルにのめり込む。
年功序列制度に納得のいかないおっさんは会社を辞め、パチ屋の店員を経てスロプロへ。
順調に勝ち続けたが、次第にその生活に疑問を感じ始めるのであった。


おっさんの歴史 PART③

派遣社員としてIT企業へ勤め始めたおっさんだったが、自分の居場所はここではないと悟る。
結局振り出しに戻ったおっさんは、先輩との出会いをきっかけにして株式投資に興味を持ち、
任天堂の株をサラ金からの借金で買おうとするが失敗におわるのであった。


おっさんの歴史 PART④ オススメ メシウマ

借金で株式投資を始めたおっさんは、2年に及ぶ戦いで50万の負債を背負う。徐々に負債を増やし、
ゆっくりとどん底に向かって落ちていったおっさんは、韓国のカジノに一発勝負を挑み惨敗。
200万までに膨らんだ負債を完済すべく、ついに最終手段であるFXデビューを果たすのであった。


おっさんの歴史 PART⑤

どうにかパチスロで稼ぎ、借金を返済したおっさんはIT系の会社を退職。
結婚後、パートのおっさんとなり、FXで億万長者を目指し始めるのであった。





トランプ

野球部の連中から金を巻き上げてやった話

 高校のときのトランプ賭博の話。大富豪でカウンティング!?ややメシマズ注意。



競馬

高校生の頃に初めて馬券を買ったときの話

 1999年、グラスワンダーとスペシャルウィークのライバル対決に競馬ファンの誰もが胸を熱くした。



麻雀

昭和の麻雀漫画にありそうな体験をした話 メシウマ

 高校卒業直後にフリー雀荘デビューを果たしたおっさんが、生涯いちばんの屈辱を味わった話。



パチスロ(パチンコ)

初めてパチンコとパチスロを打ったときの話 ―前編―

 4号機後半の時代に、会社の先輩に連れられてパチスロデビューをしたときの話。


初めてパチンコとパチスロを打ったときの話 ―後編―

 パチンコデビュー戦と、パチスロにハマり始めるきっかけとなった日の話。


パチスロ初代北斗の拳の設定6に10万突っ込んだ話

 200X年ホールは大当たりの炎に包まれた!10枚目の諭吉を突っ込んだそのとき救世主現る。


パチンコ屋であった美味しい話 NEW!

 おっさんブログ初の短編集。ボーナス確定台やART残しの台を次々と拾いまくる乞食の話!?



カジノ


 現在鋭意制作中





世界同時株安(リーマンショック)が起きたときの日経平均の値動きの話 メシウマ

 軽い気持ちで株の世界に飛び込んだおっさんに世界からの洗礼が。



FX

始動 メシウマ

 記念すべき初投稿記事。おっさんの歴史④の直後の話。










ここまで読んで頂いて、なんかこのおっさんおもしろそうじゃねーか、仕方ねーから日記も読んでやるか、
と思って頂いた数少ない皆様へ。


大変恐縮でございますが、おっさんの日記はくだらない内容だらけとなっていて、
基本的に得るものはございませんので、あらかじめご了承ください。


とくに、タイトルが「おっさん○○」となっていて、書き出しが「どうも。パートのおっさんです。」
これはクソ記事2確となっておりますので、第3リールは空回しのまま華麗に立ち去ることを
オススメします。

例 : おっさんの日常


タイトルにそれなりの力が入っていそうな記事は、多少は頑張って書いているものの、
やはりたいした記事ではございませんので、こちらもスルー推奨です。

例 : 競馬の勝ち方教えます



一応、おっさんの歴史カテゴリの記事については、皆様に楽しんで頂けるよう、
(上に書いた制作中の記事以外にも)頑張って書いていきたいと思っているので、
たまにで構いませんので覗いて頂いて、更新があれば是非読んで頂ければ幸いです。


それでは改めて、今後とも末永いお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。


パートのおっさん








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おっさんの歴史 PART⑤

だいぶ間が空いちゃったけど、今日は一旦締めたおっさんの歴史の続きをひっそりと綴る。

前回の記事はこれ おっさんの歴史 PART④

あらすじ

借金で株式投資を始めたおっさんは、2年に及ぶ戦いで50万の負債を背負う。徐々に負債を増やし、
ゆっくりとどん底に向かって落ちていったおっさんは、韓国のカジノに一発勝負を挑み惨敗。
200万までに膨らんだ負債を完済すべく、ついに最終手段であるFXデビューを果たすのであった。



聡明な読者の方々はお気づきだと思いますが、この直後の話こそがおっさんのブログデビュー作。

これ 始動

FXをやったことない方にはわかりづらい記事かもしれませんが、
せっかく数十年に一度の歴史的なビッグチャンスに立ち向かったのに、
そのチャンスをビビって逃したっていう話です。

ちなみに、タラレバになってしまって申し訳ないけど、この当時80円以下で持っていたドル/円、
たった10枚でも今まで保有していたとすると、400万円以上のプラスになります。(2015年5月現在約120円)


投資は余裕資金でという言葉の意味がおわかりになるかと思います(笑)


今日書いていくのはその後の4年間のお話。

ほんとは前回のPART④で格好つけた終わり方をして最初の記事にビシっと繋げたから、
それで終わりにしようと思ってたんだけど、まだ肝心の現在パートをしてる理由とかを書いてなかった。

一応今回はサクサクと進めていこうと思ってるけど、例によって長くなるかもしれないし
たいした話でもないので、お暇なときにでもどうぞ。





借金返済時代

任天堂の株に引き続き、FXでも大チャンスを逃した僕は自信を無くしていた。
そして、残された200万円の借金の重さに今にも押し潰される寸前だった。


まだ借入限度額までは200万の余裕がある。もう一発勝負して勝てばいいじゃないか。
そんな悪魔の囁きすらも聞こえてこなくなるほどに僕は精神的に参っていた。


初めて株を売買したあのときから、借金という名の魔物との共同生活は3年半に及んでいた。



だが、そんな人生のどん底にいた僕を救ってくれたのはやはりギャンブルだった。
いや、救われたのではない。僕は自らの力で、果てしなく深く暗い底から這い上がったのだ。


原動力となったのは負け戦の中で得た微かな自信と、持ち前の負けん気の強さだった。


僕が相場で勝てなかった原因は資金力の乏しさ。
資金さえあれば勝てる。

僕は自分にそう暗示を掛け、資金を貯めて必ず相場でリベンジすると心に決め、
しばしの休息のあと、行動を開始した。



派遣社員として働き始めて4年以上経っていたが、僕の給料は上がっていなかった。
仕事の勉強など一切せず、相場の勉強だけしていたのだ。当然といえば当然だろう。

毎月の手取りの額は20万と少し。家賃や水道光熱費、携帯代などを払ったら10万も残らない。
男の1人暮らしである。自炊などほぼ出来ない。そこから食費を引いたら残るお金はほとんどなかった。


支出を減らすのは無理。ならば収入を増やすしかない。
そのときの僕に選択肢は一つしかなかった。

パチスロである。


当時のメインの台は秘宝伝 -封じられた女神- やモンキーターン、天下布武2など。
前年に出た、新鬼武者、緑ドン -VIVA!情熱南米編- などもまだまだ現役で活躍していた。

この少し前、交響詩篇エウレカセブンが出た辺り以降、ホールのスロットコーナーも
5号機直後のお通夜のような状況から、徐々に活気を取り戻していったように思う。


個人的な見解だが人気復活を決定づけたのは、ミリオンゴッド -神々の系譜- の登場だと思う。
神は僕を見捨ててはいなかった。


僕はパチスロ天井狙い全盛時代の流れに乗り、存分に稼いだ。

当初、1年以内の借金返済を目標としていた僕だったが、
1年が経ったとき、手元には50万の現金が残っていた。


ただ、満足はしていない。あの時代はもっと稼げる時代だった。
半年と少しで借金を返済して以降、急激にペースが落ちてしまった。


そして、僕は大きな失敗を犯す。

かねてから辞め時を探っていたIT系の会社をこの時点で辞めたのだ。
今振り返ると、もう少しお金を貯めてから辞めるべきだったと思う。


ひとまず借金を返済し終え、ある程度の蓄えが出来たところで、気が緩んだのかもしれない。
あのときの僕はとにかく疲弊しきっていた・・・。




パートのおっさん誕生

当時、10年近く付き合っていた彼女がいた。

関係を一言で表すならば陰と陽。
無論、僕が闇で彼女が光だ。

友人の紹介で付き合い始めた当初はこんなに長く関係が続くとは思っていなかった。
彼女には、僕が最初の会社を辞めたときから苦労を掛けっ放しである。

彼女はどんなときでもその持ち前の太陽のような明るさで僕を照らし続けてくれた。
どん底にいた僕が何とか上を向いて這い上がってこれたのは、その光を頼りにできたからだろう。




――仕事を辞めた僕は迷っていた。

彼女を幸せにしてあげたいが、僕にはやりたいことがある。
いや、何としてでもやり遂げなければならないことがある。

自分の居場所が見つからなかった以前とは違い、相場で勝つという明確な目標を持った僕だったが、
気が付けば29歳になっていた。


もしここで一歩足を進めてしまったら後戻りは難しくなる。
僕にはその覚悟があるが、彼女は・・・。


心の中で葛藤を続けながら僕は新しい職を探していた。
しかし、そんな気持ちで仕事など見つかるわけもない。

それなら思い切って飲食店でも開いてみるか。鉄板焼き屋などおもしろそうだ。
僕は自分の気持ちに嘘を付きながら、今後の自分の可能性を模索した。


そんなとき、某企業でOLをしている彼女が放った言葉で僕は救われることとなる。



やりたいことがあるんでしょ。挑戦してみればいいじゃない。
生活費なんて私が稼げばいいんだから。



この言葉を口にするには相当な覚悟を必要としただろう。それとも何も考えていないのか。
太陽の気持ちは僕にはわからない。


だが、僕はこの言葉で彼女と結婚することを決め、トレーダーの道へ一歩踏み出す勇気を得た。


(余談だが、こうやって書くと、だらしない男にしっかり者の彼女なんて思われそうだが、本来は逆だ。
 3つ年下の彼女は普段は僕よりも余程甘えたがりでだらしない。)



就職活動により貯金をほとんど使い果たしていた僕は、なんとか結婚資金をパチスロで稼ぎ、
(俗にいう秘宝伝(太陽)バブルに乗った。その前のキン肉マンもよかった。)
半年後、僕たちは付き合い始めて10年目の年に、晴れて結婚。


ここにパートのおっさんが誕生した。



新婚旅行で訪れたラスベガスのカジノで負けたり、その直後に嫁が病気で入院したりと、
思うように貯金は増えなかったが、パートをしながらここでもパチスロにお世話になりつつ、


結婚から約2年が経った2015年4月。
ついに投資資金300万を用意し、僕はFXで億万長者を目指すという夢のスタートラインに立った。


嫁の給料だけではやや生活費が足りないため、現状は僕が昼間パートをして生活費を補い、
夕方からFXという生活を送っている。


周りからはバカな男だと笑われるかもしれない。
奥さんがかわいそうだ、などと言われ、蔑んだ目で見られるかもしれない。


だが、僕は必ずこの世界で成功する。


このブログを読んで頂いている皆様方においては、
是非とも近い将来、僕が億万長者になった際の証人になって頂ければ幸いだ。







・・・はい。今度こそおっさんの歴史シリーズはこれで終わりです。

ただ今後もこのおっさんの歴史カテゴリの記事はちょこちょこ書いて行く予定なので、
たまに覗いて頂いて、興味がある記事だけでも構わないので読んでもらえると嬉しいです。

以上、くだらないおっさんの歴史にお付き合い頂きありがとうございました!



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昭和の麻雀漫画にありそうな体験をした話

おっさんの体調不良や自慢など、内容の薄いくだらない記事が続いた。
今日はちゃんとブログ書く。

みんな大好き、他人の不幸。おっさんの若かりし頃の失敗体験だ。
ちょっと試してみたくて、今回は当時を思い出しながらセリフ多めで書いてみる。






「ヒッヒッヒッ。あんちゃん、またよろしくな。ヒヒヒッ。」


あのオヤジの下卑た笑い方、粘りつくような声、下品な表情、人を馬鹿にした態度・・・、
僕は一生忘れることはない。

10年以上経った今でもその場面は鮮明に思い出せる。


これは僕が生涯でいちばんの屈辱を味わったときの話だ。

あまりにも出来過ぎた話ゆえに、嘘だと思われる方もおられるかもしれない。
が、これは正真正銘、僕が実際に経験した、闇に葬り去りたい黒歴史のうちのひとつである。







――2002年7月。高校を卒業したばかりの僕とワタナベ(仮名)は、地元の寂れた商店街を歩いていた。

「おっ、あったあった。ここでよくない?」

「あちー。おー、もうどこでもいいよ。暑くて死にそうだし、とにかく入ろう。」


その昭和の香り漂う雀荘は2階にあった。名前は思い出せない。

急な階段を上がると、店の前には空になったラーメンのどんぶりと寿司桶が無造作に置いてある。
見るからに重厚な感じのするドアには暴力団お断りのプレート。


急激に心臓の鼓動が早まった。もちろん階段を一気に上がったせいではないことは分かっていた。
横にいるワタナベに悟られるまいと、僕は一切の躊躇を見せることなくドアを押し開けた。


カランカランコロン。


「・・・いらっしゃい。」


店内では1卓が稼働中だった。僕らが入った瞬間に4人の視線が一斉にこちらに注がれる。
が、すぐに興味を失ったのか卓上に視線が戻っていった。

一呼吸の間があった後、店員から声を掛けられる。
(雰囲気的にあえて「メンバー」ではなく「店員」でいく)


「・・・本日はセットでご利用ですか?」

「あ、いや、初めてなんですけど、フリーで打てますか?」

震えそうになる声をどうにかごまかして僕は言った。


「・・・かしこまりました。ではこちらへどうぞ・・・。」





――きっかけは高校時代の友人がフリー雀荘デビューを果たしたという話を聞いたことだった。


高校時代、僕とワタナベはお互い仲間内の麻雀で負けることはほとんどなかった。
負けるのはいつもそれ以外の2人である。

僕の高校には麻雀を打てる人間などあまりおらず、その貴重なメンツ達も僕達が勝ち続ける内に
どんどん麻雀から離れていった。


高校を卒業し、友人同士で卓を囲むことなど滅多になくなった頃、
飲みの席で、数少ないメンツのうちの1人だった友人が先日フリー雀荘に行ったという話をし出した。

専門学校の友達に麻雀好きなやつがいて一緒にいったんだよ。
学生風のやつやサラリーマンみたいな人達と打ってちょっと負けたけどまあまあ楽しめた。


僕とワタナベはそれを聞いて胸が高鳴った。
聞けば聞くほど、早くフリー雀荘に行ってみたいという気持ちは高まっていった。


「あいつでちょっと負けたくらいのレベルなら、俺らなら楽勝でしょ。」

「明日にでも行ってみるか。」


はじめ、友人に聞いた雀荘に行こうと思っていた僕たちだったが、
電車の乗り継ぎが必要な場所にあることがわかると、途端に面倒になった。


「どこでも一緒でしょ。あの○○の商店街とか雀荘ありそうじゃね?」

「ああ、まあ適当に探してみて、あったら入ってみればいいか。」





――渡された紙に適当な名前と適当な住所を書き、僕達はルールの説明を受けた。

なんとなく思っていた通りのルールだったが、レートは思っていたよりも少し高かった。


「・・・では、説明は以上になりますが、何か質問はございますか?」

「いや、大丈夫です。」


「・・・分からないことがあれば打ちながらでも構いませんので何でも聞いて下さい。」

「はい。わかりました。」


「・・・ところで、お客様はお二人ともお若く見えますが、フリーで打つのは初めてですか?」

「ああ、高校を卒業したばかりなんです。でもフリーで打ったことは何回かあります。」

僕は小さい嘘をついた。ナメられるのが嫌だった。
ワタナベも当然のようにそれに合わせてくれた。


友人同士でのセット麻雀であったが、雀荘で麻雀を打ったことは数回あった。
自動卓の使い方は問題ないはずだ。

無駄なことを喋らずに淡々と打てばマナーについてどうこう言われることもないだろう。




「・・・わかりました・・・本日は何回くらい打つご予定ですか?」

「あー、あんまり時間ないんで5、6回くらいだと思います。」


「・・・ありがとうございます・・・ではこちらの卓へどうぞ。」


案内されたのは店のいちばん奥の卓だった。

どこからかもう1人の店員が現れ、僕とワタナベが東と西、店員2人が南と北、
対面同士で座りあった。


「・・・では、よろしくお願いします。」




僕とワタナベは席に着くなり、崩してもらった1万円が入った箱を自分の右側のテーブルに置いた。



「・・・申し訳ございませんが、左側のテーブルをご利用下さい。」

「え、あ、、す、すいません。」


動揺しながらサイコロのボタンを押し、配牌を取る。
が、手が震えてうまくいかない。

バレるのが嫌で必死になって震えを抑えようとするが、余計に焦りは募るばかり。
ふと違和感を感じ、前を見ると、ワタナベの手も同じように微かに震えていた。


(なんだ、あいつも緊張しているのか。)


少しだけ気持ちが楽になった。





「――ロン。リーチ、ドラドラ、えっと・・・(8符と4符でひとつ上がって) ロクヨン・・・です。」

「・・・裏ドラをどうぞ。」


「あ、すいません。・・・裏1。えっと、満貫のチップ1枚です。」




「ツモ。跳満、あ、3千、6千です。・・・あ、1本場です。」

「・・・チップは1枚でよろしいですか?」


「あ、はい。すいません。チップ1枚オールお願いします。」




・・・



「ロン。」

「ロン。」

「ツモ。」



・・・その日僕たちはツイていた。二人で延々と上がり続けた。



「・・・ありがとうございました。」


友人に聞いたアドバイス通りに、最後と決めた半荘の前にラス半コールを掛け、
その半荘をワンツーフィニッシュで締めた僕たちは、意気揚々と雀荘を後にした。


急な階段を飛ぶようにして駆け降りて、お互いに収支報告をし合った。

記憶が定かではないが、1人2万ずつくらいは勝っていたと思う。
文句なしの快勝だった。


「なんだよ、やっぱ楽勝だったな。」

「おお。また行こうぜ。」






次の週も僕達は2人でその雀荘へ行った。


「・・・いらっしゃい。」

前と同じ店員が前と同じ卓へ案内してくれた。


「・・・今日は何回くらい打っていきますか?」

「あー、たぶんまた5、6回くらいだと思います。」


どこからかこの前とは別の店員がやってきて、僕達2人と店員2人で麻雀を打った。

今度は緊張することはなかった。


そして僕達2人はまたもや簡単に勝利を収めた。


「・・・お上手ですねー。こんなに若くて強い方達は初めてです。」
「来週うちで大会があるんですが出てみませんか?」


「いやぁ、そんなことないですよ。」
「もしその日都合が合えば来ますねー。」



僕達は完全に有頂天になっていた。
さすがに大会に参加するようなことはなかったが、この後ハイペースで雀荘に通うようになっていった。



だがその日以降、僕たちが勝って雀荘を後にすることはただの一度もなかった・・・。



あれから2週間程通っただろうか。
会社帰り、休日、ほとんど毎日雀荘に顔を出した。

少し前から1人でも雀荘に出入りするようになっていた。


初めに何回打っていくか聞かれることはもうなかった。
いちばん奥の卓で打つことももうなかった。

もちろん他のお客さんとも一緒に打つようになっていた。


だが、勝ったり負けたりはするが、最終的にはマイナス収支で雀荘を後にする。



(どうも最近調子が悪い。)

初めの2回以降負け続けていることからは目を逸らしていた。

(まあ調子が上がればまた前みたいにスカッと勝てるっしょ。)



ちょうどその頃、ワタナベもまた僕と同じ境遇にいた。



そうして、また2週間程が経った。


(おかしい。)

ようやく異変に気付いたのは、給料日直後だというのに財布の中身が空になりかけていたときだった。

最初の勝ち分などとっくに全て吐き出し、何度も貯金をおろしていた。
そしてまた給料日直後だというのに貯金をおろすことになった。


(俺、ちょっと負けすぎじゃないか・・・?)



あのオヤジに出会ったのはちょうどそのときだった。



さすがにもうこれ以上は負けられない。
今日こそは絶対に勝つ。

いつも以上に気合いを入れて臨んだ僕だったが、結果は大敗だった・・・。

そしてオヤジから冒頭の台詞を浴びせられる。


「ヒッヒッヒッ。あんちゃん、またよろしくな。ヒヒヒッ。」


オヤジの脂ぎったギトギトの顔を睨みつつも、僕は意気消沈して雀荘を後にした。


そして、急な階段を降りようと1歩踏み出したとき、ふいに僕は理解した。


僕はカモられる側の人間・・・。


生まれて初めての屈辱だった。


そして負けることの悔しさを噛みしめながら全ての階段を降りきったそのとき、衝撃が走った。



「まさか!!!!」



そう、そこでようやく僕は全てを理解した。

「わざと・・・。」



あの店員は初めて僕たちが訪れたとき、そして2回目も、わざと僕達に負けた。
僕達を立派なカモに育てる為に。


考えてみればすぐにわかることだ。
点数計算を覚えたばかり、初心者に毛が生えた程度の雀力の僕達が、勝てる訳などない。

だが、たった2回の勝ちで僕達は勘違いした。
雀荘にいるやつらもたいしたことないんだなと。

そして見事に僕達は立派なカモに育った・・・。





「ははっ・・・。」

1人、力なく笑った僕の頬を涙が伝った。悔し泣きを経験したのも初めてのことだった。





今でも忘れることのないオヤジの顔だが、一方で感謝もしている。
あのとき早めに気付かせてくれなかったら、僕はどうなっていたかわからない。


あのオヤジ、そしてあの店員に絶対にリベンジする。
強く決心した僕はここから麻雀に対して人一倍真剣に取り組むようになっていった。


以降、急激に力を伸ばし、麻雀一本で食べていこうかと、
僕が真剣に考えるようになっていくのはまた別の話である。



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野球部の連中から金を巻き上げてやった話

おっさんの歴史シリーズを書いたことにより、会社を辞めたり、株で失敗したり、借金地獄に陥ったりと、
おっさんのクズっぷりが徐々に明らかになっていった。

このままではおっさんのイメージが完全なる負け組のまま定着しかねない。
今日はイメージアップを図るべく、ギャンブルにおいては勝ち組だった高校の頃の話でもしようと思う。

お暇なときにでも読んで頂ければ幸いだ。





――僕の通っていた高校は、全国的にも少し名の知れた野球の名門校。甲子園で準優勝の実績もある。
といってもそれはもはや過去の栄光で、もう随分前からかつての強さは陰を潜めている。



高校時代、僕は野球部の連中が苦手だった。

日焼けした真っ黒い肌、汗の匂い、汚いユニフォームに坊主頭。
部活の為だけに学校に通っていますというような雰囲気がとにかく嫌だった。

ある程度歳を重ねた今は、テレビで高校野球を観たりしたときに、
正に青春とでも呼べるような、あの暑苦しい感じに逆に好印象を抱いたりもするのだが、
当時の僕は全く受け入れられなかった。

あいつらの住む世界と僕の住む世界とは違う。

正直言って、なるべく付き合いを持ちたくなかった。


だがそんな僕と野球部の連中が、あることをきっかけにして深く関わりを持つこととなる。




高3の夏、最後の大会で敗れた野球部の連中は早々と部活を引退。

途端にやることのなくなってしまった連中の一部で、トランプが大流行した。
休憩時間、放課後、次第に授業中でもお構いなしに始める始末。


とくに爆発的な人気を誇っていたのが大富豪(大貧民)というゲームだ。

カードを配り、手持ちのカードを順番に場に出していって先になくなった方が勝ち。
3が一番弱いカードで、以降4、5、6、・・・J、Q、K、A、の順となり、2が一番強い。

特徴的なのは同じ数の4枚のカードを場に出すと、カードの強さの順が逆になる「革命」というルール。
JOKERがオールマイティのカードとして使えたり、8のカードを出すと場が流れたりと、
複雑なルール、戦略性があっておもしろい。


もちろん、高校生にもなって、ただトランプの勝ち負けを競うだけでは芸がない。
当然そこには多少なりとも金銭のやり取りが生じた。

バイトもせずに、少ない小遣いを仲間内で取り合うのはどうかとも思うが、
ジュース代や学食代を賭けた小さな勝負であればかわいいものだ。

しかし、やはり一部では徐々に賭け金がエスカレートしていく。


初めのうちは100円や200円程度だった賭け金も、300円、500円と少しずつ上がっていき、
ついには桁を一つ繰り上げて、高校生にしては決して安くないレートで勝負を行うグループが出てきた。

その頃にはいわゆるカモと呼ばれる側の人間は段々と去っていく。


そうしてカモの減少と共に徐々に流行も過ぎ去っていったのだが、数少ないギャンブル好きの人間達は
途端に規模の小さくなったグループでも、相変わらず勝負を続けていた。



そんな折、ふとしたきっかけから僕に誘いの声が掛かる。
どこかで僕がギャンブル好きだということを知ったのだろうか。

野球部の連中とはほとんど付き合いのなかった僕。よっぽど面子集めに苦労していたのだろう。


当時すでにアルバイトで溜めたお金を競馬につぎ込み、5万、10万勝った負けたの勝負をしていた僕。

最初は野球部の連中のかわいいトランプ遊びを冷ややかな目で眺めていたのだが、
声を掛けてきたのはある程度のレートの勝負を生き残ってきた猛者達。

僕の勝負魂に多少の火を灯すのには十分だった。



小さい頃からギャンブル好きだった僕。
もちろんトランプでの賭け事は大体経験してきた。

ポーカー、BJ、おいちょかぶなど、メジャーなものは飽きるほどやってきたし、
ときに友達の親など、大人たちも混ざって勝負が繰り広げられることもあったが、負けなかった。

また、大富豪は僕がかなり得意としているトランプのゲームの一つで、
中学生の頃と高1の頃にハマっていた時期があり、仲間内で場が開かれれば、その都度小銭を稼いだ。
はっきり言って負ける気がしなかった。


このゲームのコツは、カードの出し方などの戦略性はもちろんなのだが、
一番大事なのは記憶力である。

勝負所の場面で相手の手持ちのカードが透けて見えたらどれだけ有利に進められることか。
それを場に出たカードを一枚一枚記憶することによって可能にするのである。

といってもある程度のスピードで進行するゲーム中に全てのカードを記憶するのは相当な集中力が必要だ。
現実的に考えて、普通の人間にはかなり難しいだろう。

そこで、3、8、A、2、JOKERなど、大事なカードに的を絞って記憶するわけだ。
僕はこれに加えて4、5、Q、K、それと自分の手に応じて重要なカード数枚を記憶する。


もちろん自分の手持ちのカードが弱すぎてどうにもならないときもあるが、
これをやるのとやらないのとでは、それこそ雲泥の差が出る。

こうした当たり前のことをせずに、終盤になって2やJOKERが何枚出たのかがわからないなど、
僕から言わせれば論外である。




レートはいくらでもいいと言い放つ生意気な僕の実力を確かめるためなのか、
それとも少しずつじっくりカモる予定だったのか、
はじめ、猛者達が提示してきたレートは意外なほど安かった。

でもそれは僕にとって好都合。
入学当初からイマイチ気に食わなかった野球部の連中をカモるチャンスを逃したくなかった

予想通り、自分と連中との実力には開きがあり、僕は安心して何度も負けた。

連中もそれを見て安堵したのだろう。そのうちに一人がレートを上げようと言ってくる。
そこまでくれば勝負は決まったようなものだった。


僕のことをカモだと信じ込んでる連中は、ちょっと僕が連勝したぐらいでは実力を認めない。
どうせ運が良かっただけだと思い続けるだけだ。

後の展開はお決まり通り。連中は負ければ負ける程それを取り返そうとしてレートが上がっていく。
ギャンブルになど慣れていない連中は、ヤメ時がわからない。一人また一人とパンクしていった。






・・・数週間後、



最後に場に残ったのはたったの3人だった。
他は全員やめた。


当たり前の話だ。
最後の最後には1回の勝負で1万円が動いた。




――今でもその2人とは付き合いがある。

あの頃のようなバカな遊びはしなくなったが、酒を飲みながら、競馬で100万勝っただの、
スロットで2万枚出しただの、景気のいい話を聞く度に、
お前らそれ以上に負けているだろうが、と突っ込まずにはいられない。




最後に、僕はこの高校時代、大富豪では一度も負けたことがなかったということを付け加えさせて頂き、
この物語を終わらせて頂く。

(注:数回の勝負では当然負けることはあるが、1日単位でのマイナスはなかったという意味だ)



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プロフィール

パートのおっさん

Author:パートのおっさん
 
職業:パート
性別:おっさん

初めての方でギャンブラーまたは
トレーダーの方は コチラ

 【生涯ギャンブル戦績 (概算) 】
競馬 : -200万 男の単勝一点
麻雀 : -100万 場代
カジノ : -50万 地下・韓国・ベガス
株式取引:-50万 リーマンショック!
競艇 :  -2万 初心者
パチンコ : ±0 ほんとか?
競輪 : +200円 勝ち逃げ
パチスロ:+700万 天井狙い
FX  :  +2億 (予定)

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